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お茶の歴史 日本茶の起源

茶の原産地は「中国南部の雲南省からインドのアッサム地方にかかる山地であろう」という推測的な説が一般的ですが、考古学的な証拠がないため明らかではありません。唐(中国)の学者陸羽(700〜785)の著した書『茶経』(760)に「茶は南方の嘉木にして…」とあることから、この説が説かれています。

日本への伝来

 私たちが毎日飲むお茶は、いったいいつだれによって日本に伝えられたのか。それとも日本自生の茶木があり、人々の知恵から生まれた飲み物なのか。茶の伝来については、さまざまな角度から研究されていますが、現在はまだ結論が出ていません。おおまかなところでは、稲作や仏教などの大陸文化とともに、複合的に日本に伝えられたとの説が一般的なようです。
 日本茶の伝来に仏教が深い関わりがあることは、多くの史実が物語っています。古来より日本の知識人は大陸文化を求めて遣唐船などを派遣して交流を行ってきました。そして大陸へ渡った僧侶は、仏教とともに多くの知識を持ち帰り人々に伝えました。中でも茶は禅の修行に用いられたため、その製法、喫茶法はことに仏教と近い関係で日本に広められたといわれ、最澄や空海の書簡からも茶の存在を伺うことができます。永忠、最澄、空海、円爾、そして栄西禅師などの高僧たちが伝来に関わった人々としてあげられますが、大陸往復の旅に尽力した多くの史実に残らない人々もまた、喫茶習慣の影の伝承者として貢献したと想像できます。

ティーロードをさぐる

 茶の伝来については愛知大学松下智教授が、樹種、日本の分布、生活習慣、文化などさまざまな角度から研究されており、茶の伝路を次のように推測しています。(以下『日本茶の伝来』より抜粋。一部要約)

 

ティーロード推測の根拠

・華南原産のユーロ茶(苦茶)が山茶に見られる。
・日本製茶法の蒸す、炒るという特徴。
・茶がゆ、塩の入るお茶などの飲茶風俗の一致。
・結納茶の習慣。
・仏教伝来ルートとの共通性。

 日本の基層文化は稲作農耕文化にあり、古代農耕民俗の伝来とともに日本の国もでき、文化もそれを基に発展してきたといわれています。この稲の伝来経路と同じ道を茶もたどったと考えられます。稲作の分布は、縄文晩期から弥生期にかけて、北九州から静岡県あたりまで広がっていますが、日本の山茶の分布もそれにたいへんよく似ていて、山茶といわれる茶の木も静岡県を北限にして一部埼玉県の狭山地方にも伝えられています。
 さらに、稲作にともなう各種食品加工技術や醗酵食品なども華南や江南との関わりが深く、お茶は単にお茶だけが日本に伝来したとするよりも、これら多くの文化と共にもたらされたと考えるべきでしょう。そして各種の文化を将来し広めたのは、それぞれの時代の貿易であり、歴史上に明記されない民間貿易や様々な移住者も文化の伝承者となっていたはずです。特に日宗、日明それに次ぐ日清の貿易には、日本の近代化のエネルギーとなったものが多くあり、茶の伝来にも大きな足跡を残しています。
 

*参考文献: 『日本茶の伝来−ティーロードを探る』松下智著 淡交社
  『日本のお茶1お茶と生産』ぎょうせい
 
日本への伝播 茶の伝来をめぐって 榛原憲自著部分

 

 

 

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