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木地屋について
山の漂泊者木地屋とは、『民族学辞典』によれば、山中の樹を伐り、ロクロを使って椀・盆などの木地を作る特殊の工人をいう。木地師、木地くり、木地挽き、挽物師、ロクロ師などと呼ぶところもある。諸国の山中に彼らの墓跡と称するものが少なくないこと、また彼らが小屋掛けした跡を木地小屋、木地畑などと称して今なおその名をとどめる地の多いことは、ほとんど全国にわたる彼らの後半な漂泊生活を物語っている。
木地屋の本拠は滋賀県(近江)愛知郡東小椋村であったが、ロクロの使用はかつては極めて特殊な技術であったから、彼らの大部分は数百年前から、原料の良材を求めて、諸国の山から山へと漂泊を続け、次第に山間に土着して村生活を営むに至ったものと思われる。土地の住民からはいくらか軽しめられていたが、日本の工芸史には大きな足跡を印した人々である。現在の著名な漆器工業には、木地屋の来往を基礎としたものが多い。会津漆器、日野椀、吉野塗、但馬の竹田椀などの起源、製造にも彼等が参加した。
木地屋と駿河遠江の山村柳田國男が『史料としての伝説』で、各地に伝わる伝説から木地屋の史実を追っている。駿河・伊豆については記述が少ないが、駿河と木地師との関係について次のように述べている。
伊豆・駿河の方面に関しては、まだ少しも材料を持たぬ。遠江も『諸國採藥記』に、國深山に木地挽きと言ふ者あり、板へぎなどの業にて渡世するもの多しとあるのと、寛政十年に本願寺再建の用材を求むる為、信州遠山の地方まで跋渉(ばっしょう)した眞宗の僧の紀行、『遠山奇談』と称する書に、池口山の奥に於てこのさきにキジンの家があると聞いて仰天したが、それはこの邊りでの方言であって、實は木地挽き藤右衛門なる者が住んで居たとある二つの記事を知るばかりである。三河に付て前にも段戸山の木地屋を談じた。東海道は全體に話が少ないから、伊勢を残して引返して飛騨に入つて見る。即ち木地屋の通る路である。
このように駿河遠江での木地屋の足跡は残念ながらあまりたどることができない。木地屋の移動はその作る器物の素材を求めたものであると考えられており、海沿いの東海道よりも山沿いに移動したものと考えられる。木地屋が山梨県へ入り込んだことは確実であるが、どこから来てどの方面へ移住したかほとんど分かっていない。駿河遠江に来ていたとすれば、信濃、甲斐の木地屋が下ったものかもしれない。 いずれにしても、木地師たちはその祖神の教えから定住をよしとせず、山から山へ移動して土地の村里とは深い交渉はもたなかったことが、いくつもの不思議な伝説を残した所以であると思われる。
木地師の来歴
木地屋の本拠として近江愛知郡東小椋村に君ガ畑、蛭谷(ひるだに)、箕川(みのかわ)政所(まんどころ)、黄和田(きわだ)、九居瀬(くいせ)の六部落があり、いわゆる六ガ畑と呼ばれたが、後に町村合併の結果、現在では神崎郡永源寺町に所属している(杉本寿『木地師と木形子』)。始め君ガ畑では木地師を、蛭谷ではろくろ師を唱えたが、文化四年(1807)江戸奉行所の裁許状に「木地師」の呼称が用いられ、それ以来諸国でこの木地師を用いた。
木地屋は小野宮惟喬(これたか)親王を祖神(業神)とする伝説をもち、中古以来いわゆる木地屋文書と称する奇抜な由来書を所持している。この皇子をロクロの発明者とし、木地屋は諸国の山中にわかれ住みながら、特殊な組織を以て常に故郷の村との連絡を保っていた。小椋庄の蛭谷には筒井八幡宮、君ガ畑には太皇大明神があって、いずれも惟喬親王の御廟と称し、全く同じ伝説を語り、全国の散在木地屋を支配せんとして互いに排斥しあった。彼らが承平五年(935)朱雀天皇から下賜されたと伝える綸旨には、「西は轆轤の立つ程、東は駒蹄の通る程」とあり、木地屋たちはこの綸旨の威光をもって、全国の八合目以上のどこの山へ入って、どんな森林の木を伐っても差し支えないという態度で行動したため、各地の山主ともめごとをかもしたようである。また、木地師は免許状あるいは鑑札を持たないと渡世ができない仕組みになっており、明治の初めまで、近江の木地頭は氏子狩といって、神社の神徳を説くと同時に開業に必要な免許を配布することで権力を維持していた。
各地に移り住んだ木地師たちは近江小椋庄蛭谷を発祥とすることから、「小椋」と称し、それが小倉、大倉、大蔵と変わり、広く分布した。木地屋の移住史はわが国の信仰生活の一つの特質、すなわち一種の祭神を皇子潜幸の物語に結び付けるという現象を解く鍵にもなると思われる。
※祖神惟喬親王: | 五十五代文徳天皇(851〜858)の第一皇子で、歴史上実在した尊貴であるが、故あって第四皇子惟仁親王が立太子して、五十六代清和天皇(859〜876)となられた。 |
※参考文献 ●柳田國男『資料としての伝説』 ●土橋里木『山村夜譚』ほか |
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